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東京地方裁判所 昭和55年(ワ)8474号 判決 1988年1月22日

原告

株式会社写研

右代表者代表取締役

石井裕子

右訴訟代理人弁護士

花岡巌

阿部正幸

被告

リョービ株式会社

右代表者代表取締役

浦上浩

被告

リョービ印刷機販売株式会社

右代表者代表取締役

吉田市郎

右両名訴訟代理人弁護士

佐藤正昭

上野忠義

主文

一  被告リョービ株式会社は、別紙目録(二)記載の写真植字機用文字盤を製造販売してはならない。

二  被告リョービ印刷機販売株式会社は、別紙目録(二)記載の写真植字機用文字盤を販売してはならない。

三  訴訟費用は、被告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文一項ないし三項と同旨の判決並びに主文一項及び二項につき仮執行の宣言を求める。

二  請求の趣旨に対する答弁

「原告の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求める。

第二  当事者の主張

〔不正競争防止法一条一項一号及び五号の規定に基づく請求について〕

一  請求の原因

1 当事者

原告は、写真植字機及び文字盤等の製造販売を業とする会社であり、被告リョービ株式会社(以下「被告リョービ」という。)は、印刷機並びに写真植字機及び文字盤等の製造販売を業とし、被告リョービ印刷機販売株式会社(以下「被告リョービ販売」という。)は、印刷機並びに写真植字機及び文字盤等の販売を業とする会社である。

2 周知性

原告は、昭和三八年以降現在まで別紙目録(一)記載の写真植字機用文字盤(以下「原告文字盤」という。)を製造販売している。原告文字盤は、書体別の製品であるところ、その書体がいずれも優れたデザインであり、また、それには斬新かつユニークな創作部分が含まれており、それゆえに好評を博しているばかりか、わが国写真植字機のベストセラー機である「スピカ」、「パボ」などの原告製写真植字機に使用されているものであつて、写真植字の業界において極めて著名な商品である。

3 原告文字盤の形態の特徴

原告文字盤は、次に述べるとおり、他社の写真植字機用文字盤に比して、その形状、文字の配列及び見出表示の三点において著しい特徴を有している。

(一) 従来の他社の文字盤としては、株式会社モリサワ(以下「モリサワ」という。)の文字盤と被告らが被告文字盤を販売する以前から販売していた文字盤(以下「被告らの旧文字盤」という。)とがあるが、それらは、本判決添付の比較図の②及び③に示すとおりの形状であり、縦横に桟が入り、それぞれ一二区画、四区画に分けられているが、原告文字盤には、同比較図①のとおり桟が設けられていない。また、モリサワの文字盤と被告らの旧文字盤は、全体が正方形又はそれに近い形状であるが、原告文字盤は、全体がスマートな長方形であり、更に、枠の縦方向の部分の幅が横方向の部分の幅の約二倍あり、全体に安定感を与えている。更にまた、原告文字盤の枠の縦方向の部分は、中央部において約二分の一の長さにわたつて枠の幅の約三分の一程度凹んでおり、しかも、二か所にピン穴が設けられている。このように、原告文字盤は、従来の他社の文字盤とは異なる独特の形状をしている。

(二) 文字盤上の文字の配列については、本判決添付の比較図の第一図(原告文字盤)と第二図(モリサワの文字盤)及び第三図(被告らの旧文字盤)とを比較すれば明らかなとおり、使用頻度の高い平仮名、片仮名、数字、アルファベット及び記号等の配置位置においても、また、漢字の配列においても、原告文字盤のものは、他の二者と全く異なる特徴を有する。例えば、三者とも、「一寸の幅式」索字法を採用しているが、「一」、「ハ」及び「言」の各部の漢字の配列が右第一図ないし第三図に示すとおり異なつている。更に、原告文字盤は、一、二級の漢字二八六二字だけで構成し(メインプレート)、三級の漢字はサブプレートに配列したが、他の二者は、三級漢字まで含めているので、文字盤の字数がそれぞれ三二二八字、三三四八字である。

(三) 原告文字盤は、別紙目録(一)第二図に示すような朱色の見出表示がされており、これも他の二者には見られない特徴である。

原告文字盤の右の三つの形態的特徴は、他の二者に対して極めて顕著なものであつて、原告文字盤の形態的特徴として写真植字の業界において広く認識されており、原告文字盤であることを識別する表示としての機能を有するに至つている。

4 被告らの行為

被告リョービは、昭和五四年秋以降、別紙目録(二)記載の写真植字機用文字盤(以下「被告文字盤」という。)を製造販売しており、また、被告リョービ販売は、右以降、被告文字盤を販売している。

5 形態の類似性

被告文字盤は、原告文字盤と同一の形状であり、また、同一の文字配列を採用し、更に、朱色の類似の見出表示を設けている。

6 混同のおそれ

被告らは、右の行為により、取引者又は需要者をして、被告文字盤を原告の文字盤であると誤認、混同させている。すなわち、不正競争防止法一条一項一号の規定にいう「混同」は、混同のおそれがあれば足りるとされているが、右混同のおそれの認定に際しては、商品表示の周知性の高さ、表示の類似性の強度、競業関係の近似性等顧客吸引力に影響を及ぼす要素一切を総合的に考慮しなければならない。本件では、原告は、昭和三八年以降、前述のような形態的特徴を有する原告文字盤を販売しているのであるから、原告自身の業界における知名度と相まつて原告文字盤の周知性はこの上なく高いというべきであり、また、原告の商品の表示と被告らの商品の表示とはほとんど同一といつていいほど類似しており、更に、原告と被告らとは全くの競業関係にある。以上によれば、本件における商品主体の誤認、混同のおそれの存在は、疑問の余地がない。また、同法にいう「混同」の意味は商品の出所が同一であるとの誤認(狭義の混同)にとどまるものではなく、周知の商品表示の主体とこれを無断で使用する者との間に、財政上の関係、人的関係、組織上の関係、契約上の関係等が存するのではないかと取引者又は需要者が誤認する広義の混同をも意味する。本件においては、被告らは、被告文字盤において、原告の周知表示である原告文字盤の形状、文字配列及び見出表示とほぼ同一の形態のものを使用しているのであるから、少なくとも原告と被告らとの間に資本上の関係が存するのではないか、原告が被告らに文字盤使用についてライセンスを与えているのではないかとの誤認を生じさせるおそれがあることは明らかである。

7 奴隷的模倣

被告文字盤は、原告文字盤の形態表示をそつくりそのまま採用したものであつて、奴隷的模倣の典型である。奴隷的模倣は、アメリカ合衆国でも、西ドイツでも典型的な不正競争行為とされている。わが国は、パリ条約の加盟国であり、同条約の「工業上又は商業上の公正な慣習に反するすべての競争行為は、不正競争行為を構成する」(一〇条の二第二項)との規定に拘束されるところ、右の「公正な慣習」とは、単に国内だけでなく、国際的に成立しているものをいうのであるから、わが国の裁判所においても、奴隷的模倣は不正競争行為としてしかるべき制裁の対象となるのである。しかも、奴隷的模倣は、それ自体、被模倣表示の周知性及び被模倣商品との誤認、混同を惹起するおそれの存在の決定的な証拠である。それは、被模倣商品の声価に只乗りしようとする不正競争の意図の表明以外の何物でもない。

8 内容誤認表示

被告文字盤の形状、文字配列及び見出表示が、原告文字盤と同一又は類似であることは、被告文字盤が原告によつて製造されたとの内容の誤認、又は原告が提供した原字によつて製造されたとの内容の誤認を惹起する表示にも該当する。

9 営業上の利益を害されるおそれ

被告らが、原告文字盤と類似の形態の被告文字盤を製造又は販売する行為は、原告文字盤を製造販売している原告の営業上の利益を害するおそれがある。

10 結語

よつて、原告は、被告らに対し、不正競争防止法一条一項一号又は選択的に同項五号の規定に基づき、被告文字盤の製造又は販売の差止めを求める。

二  請求の原因に対する被告らの認否及び主張

1(一) 請求の原因1の事実は認める。

(二) 同2前段の事実は認める。同2後段の事実のうち、「スピカ」及び「パボ」がわが国写真植字機のベストセラー機であることは知らない、その余の事実は否認する。

(三) 同3の事実のうち、原告文字盤が、従来の他社の文字盤に比して、その形状、文字の配列及び見出表示において差異があることは認めるが、その余の事実は否認する。

(四) 同4及び5の事実は認める。

(五) 同6ないし9の事実は否認する。

2 原告文字盤の形態の周知性について

(一) 原告文字盤は、写真植字機に搭載するための長方形の平板な枠に、硝子の乾板をはめ込んだ写真植字機用文字盤としては極めてありふれた形態にすぎない。また、その文字配列は、一見して識別不能であり、原告文字盤の形態表示たりえない。文字の配列は、採字効率を意図する技術的機能とみるべきである。

(二) 被告文字盤は、原告及び被告ら双方の写真植字機に使用することができる文字盤であり、このことは、需要者に周知徹底されているので、原告文字盤の形態には出所表示機能はない。

3 形態の類似性について

原告文字盤の文字の書体と被告文字盤の文字の書体とは、全く相違する。また、枠の色も、原告文字盤は黒色又は灰色であるのに対し、被告文字盤は茶色又は褐色である。更に、文字盤下段中央部の朱色の見出表示部分は、原告文字盤は横に三つに区分されているが、被告文字盤は全く区分されていない。この被告文字盤の見出表示は、被告リョービが有する意匠権(登録第五四三七六九号。以下「被告意匠権」という。)の類似意匠一の意匠権により、独自の創作性が認められている。したがつて、原告の奴隷的模倣の主張は、失当である。

4 混同のおそれについて

(一) 被告文字盤の右下隅には「リョービ」という社名、左下隅には被告の商標、左右上隅には書体を特定するための記号である書体コードが記載されている(特に、昭和六〇年二月以降製造の被告文字盤は、右社名と商標が一見して判明する程に明確にされている。)。更に、昭和五八年九月以降販売しているすべての被告文字盤には、その枠上部左側に、「RYOBI」と記載されたシールが貼付されている。仮に、文字盤の形態に出所表示機能がある場合でも、文字盤に明確な社名、商標が付されている場合には、形態の出所表示機能は右社名、商標により打ち消されてしまうので、混同は生じえない。

(二) 原告文字盤の枠の色は、黒色又は灰色であるのに対し、被告文字盤の枠の色は、茶色又は褐色であり、この点においても、両者は識別しうる。

(三) 写真植字機の文字盤の流通方法には、メーカーが直接需要者に販売する場合と代理店を経由して販売する場合との二種類があるが、メーカーの直接販売の場合はもちろん、代理店販売の場合も、原告の代理店と被告の代理店とは、通常別であるから、混同は起こりえない。

(四) 写真植字機の文字盤を購入する者は、写真植字機による植字の専門業者である。そして、文字盤は、一般人が店頭で商品を購入するのとは異なつた流通過程をたどるのであり、通常、書体コードによつて注文され、販売されるものである。すなわち、写真植字業者は、広告デザイナーや編集者が指定した書体を使用して組版を行うのであるが、その書体がない場合、文字盤見本帳を見て書体コードを確認して、メーカー名と書体コードにより文字盤を発注するのであり、このように書体が文字盤選択の基本要素となつている以上、文字盤の形態そのものによる出所の混同は生じえない。また、中古市場も、写真植字機に関するものしかなく、仮に文字盤について中古市場があるとしても、書体が大きな意味を持つところから、書体を中心に取引されることが容易に推測されるところ、原告文字盤と被告文字盤とは書体が異なる以上、中古市場でも商品の混同は生じえない。

(五) 被告文字盤は、必ず段ボール箱に包装されて配送されるが、箱の表面には「リョービ文字盤」、「RYOBI MAIN PLATE」、「RYOBI LETTER PLATE」、「発売元 リョービ印刷機販売株式会社」と記載したラベルが貼付されており、一見して被告の商品であることが明らかである。

(六) よつて、被告文字盤について、原告の文字盤であるとの狭義の混同は生じえない。また、写真植字業界は、原告、被告らともう一社合計三社しか存在していない業界であり、その三社が激しく競争していることは取引者又は需要者間に周知であるから、原告と被告らとが、親会社と子会社の関係にあるとか、業務提携関係にあるとの誤認を生じさせるような広義の混同も生じえない。

5 文字盤の互換性について

写真植字の業界では、前記のとおり広告デザイナーや編集者が指定した書体を使用して組版を行うのであるが、その書体は各写真植字機のメーカーによつて異なり、しかも、各メーカーから販売されている文字盤はいずれも自社製の写真植字機にしか搭載することができない形式となつていたため、需要者としては、例えば、原告の書体を使用するためには、原告の写真植字機を購入することが不可欠であつた。また、中小零細業者が大半を占める写真植字の業界においては、不要な写真植字機を購入するために多額の費用を負担することは経営上困難であり、所有している写真植字機のメーカーの書体しか使用することができないという不合理を甘受してきたのである。このような状況を打開する方策として需要者が強く求めてきたのが、互換性のある文字盤であり、被告文字盤は、この需要者の求めに応じて開発されたものである。すなわち、被告文字盤は、被告らの写真植字機のみならず、原告が製造販売する写真植字機にも搭載可能であり、原告製の写真植字機を所有している写真植字業者は、被告製の写真植字機を購入することなく、被告文字盤を使用することが可能となつたのである。更に、一台の写真植字機に複数のメーカーの書体の文字盤を搭載可能としたことにより、従来極めて手間のかかる作業であつた「混植」を簡単に行いうるのである。以上のように、文字盤の互換性確立は、写真植字機の需要者の要望に応え、かつ、写植組版の幅広い可能性を開拓するために不可欠の事項であり、原告の「奴隷的模倣」、「被告らに不正競争の意図がある。」等の主張は、自由競争を排除せんとするものであつて、失当である。

6 意匠権の行使による適用除外について

被告文字盤は、被告リョービが有する被告意匠権及びその類似意匠一の意匠権を実施したものであるから、被告らの被告文字盤の製造販売行為には、不正競争防止法一条一項一号の規定の適用はない(同法六条)。なお、原告は、後記三4のとおり主張するが、文字の配列は、もともと被告意匠権の内容とはなつていないのであるから、文字の配列の点は、被告意匠権の範囲とは無関係であり、また、被告意匠権の登録意匠及びその類似意匠一の背面図に模様が記載されていないのは、背面図の模様が意匠権の対象となつていないからであり、更に、文字盤は、常に表面から見るものであつて(正面図)、背面における差異は問題にならない。

三  被告らの主張に対する原告の反論

1 社名、商標について

被告らは、被告文字盤の隅に社名、商標が記載されている旨主張するが、被告文字盤の隅に小さなネガ像の文字で印されている社名や商標の存在によつて、混同のおそれがなくなるということはできない。現に、後述のとおり、実際に混同の事例が存在しているし、事柄の性質上それは氷山の一角とみるべきである。

2 書体コードによる注文について

被告らは、写真植字業者は書体コードに従つて文字盤を注文購入するのであるから、商品主体の混同は生じない旨主張する。しかしながら、

(一) 書体コードに従つて取引が行われれば受注先を間違えることは少ないとしても、被告らが原告文字盤とほとんど同一の文字盤を販売すること自体、需要者をして、被告らと原告とが何らかの関係があるかのような広義の混同、例えば、被告らが原告文字盤の販売会社であるとか、原告と被告らとが原告文字盤の製造販売について業務上の提携をしたとの混同を生じさせることは避けられない。

(二) 写真植字機や文字盤の購入者は種々様々であつて、これから新たに写真植字業を始めようとする者もいるし、写真植字業者の中にも、広告デザイナーや編集者が書体を指定するような大きな仕事を主とする者から、印刷見本によつて注文を受けるような小さな仕事を主とする者まで種々雑多である。したがつて、文字盤の注文は、必ずしも書体コードに従つてなされるものではなく、単純に書体を指定して注文される場合もあるのであり、特に、明朝、ゴシック等の一般的な書体については、需要者によつては漫然と書体を指定して原告の文字盤を代理店に発注し、被告文字盤を原告文字盤と誤認して購入するという事実が現に生じているのである。

(三) 写真植字機に関する市場も、新品に限られるものではなく、中古市場も形成されており、中古品の文字盤については混同が容易に生じることが明白である。

(四) 被告らは、被告文字盤の書体コードが記載された見本帳自体に、原告文字盤の文字配列を意味する「パボ、スピカ配列」なる文言を記載しているのであり、仮に被告らがいうように書体コードによる発注がなされるにしても、被告らは、その拠り所となる見本帳自体において、原、被告製品の誤認混同を助長させているのであるから、被告らの主張は、失当である。

3 文字盤の互換性について

文字盤について互換性があれば便利であるから、原告文字盤の模倣が許されるとの論理は、特定の者に独占的権利を付与する無体財産権の制度と矛盾し、成立しえない。また、被告らは、①原告文字盤用、②モリサワ文字盤用、③被告ら固有の文字盤用の三種類の写真植字機を製造販売しているが、例えば、右③の写真植字機には、原告文字盤、被告文字盤又はモリサワの文字盤を使用することができないのであり、被告ら自身自社製品の中において互換性のない文字盤を製造販売しているのであり、被告らの行為は、「互換性」を確立する行為とは裏腹なものである。

4 意匠権の行使による適用除外について

被告リョービが被告意匠権を有することは認めるが、被告らによる被告文字盤の製造販売行為は、被告リョービが有する被告意匠権の行使の範囲を逸脱するものである。被告意匠権の実施といいうるのは、文字盤上の縦横の線やロ字状又はコ字状の目の模様としての使用に限定されるのであつて、原告文字盤と同一の文字配列を持つ被告文字盤を製造販売する行為まで被告意匠権の行使とはいえない。特に、文字の選別、配列は、各メーカーの文字盤ごとに著しい相違があり、文字盤を特徴づける本質的部分であるから、同一の文字配列を使用することは、意匠権の行使とは無関係である。また、被告意匠権の登録意匠及びその類似意匠一の背面図には、全く模様が記載されていないが、被告文字盤の背面には、正面と対称の縦横の線とロ字状又はコ字状の目があり、しかも、被告意匠権の登録意匠及びその類似意匠一の正面図に記載された縦横の破線の裏側に当たる部分は、被告文字盤においては原告文字盤と同様実線となつて現れ、右の各点からいつても、被告文字盤の製造販売行為は、被告意匠権の行使の範囲を逸脱したものといわざるをえない。

〔著作権に基づく請求について〕

一  請求の原因

1 原告の著作権

原告は、次に述べるとおり、原告文字盤上の文字配列表(別紙目録(一)第二図。以下「本件文字配列表」という。)について著作権を有する(以下「本件著作権」という。)。

(一)(1) 法人著作

本件文字配列表は、原告の文字盤開発担当者による組織的共同作業によつて作成されたものであつて、本件著作権は、原告が原始的に取得したものである。

(2) 本件著作権の譲渡

仮に、法人著作が認められないとしても、本件文字配列表は、昭和三七年当時、原告の印字部技術課に所属していた布施茂、新井考及び平出寿の三名によつて作成された共同著作物であるところ、右三名は、そのころ、原告に対し、本件著作権を譲渡した。

(二) 本件文字配列表の著作物性

(1) 昭和四五年法律第四八号による改正前の著作権法(以下「旧著作権法」という。)においても、著作物とは、「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」をいう。そして、右の「思想又は感情」とは、「考え、気持ち」くらいの広い意味に解すべきであり、また、右の「文芸、学術、美術又は音楽」も、それぞれ区分してどの分野に属するかということではなく、文芸学術美術音楽という知的、文化的包括概念として、広く考えるべきものである。

(2) 原告の文字盤開発担当者は、昭和三七年ころ、文字盤の形状の変更の可否、文字の使用頻度及び人間工学的見地からの文字配列に関する調査研究を開始した。文字の使用頻度に関しては、国立国語研究所、毎日新聞社、朝日新聞社等の資料を調査し、これに原告独自の文字の使用頻度調査を加え、これらの調査結果を総合して文字を選別し、文字の配列に関しては、文字盤本体の操作性に関する実験調査を繰り返し、翌年九月ころ、本件文字配列表を作成し、同年一〇月三日これを公表した。このように、本件文字配列表は、文字の使用頻度調査結果に基づく文字の選別分類結果を、人間工学的見地からの採字効率の研究結果により配列表示した所産であつて、表形式、字数、字種、階層構造のいずれをとつても個性豊かな高度の創作性を有するものであるから、旧著作権法上保護される学術的著作物というべきである。

(3) 本件文字配列表は、前述のとおり、文字の選択及び配列において独自性を有するものであつて、旧著作権法上の編集著作物にも当たる。

2 被告らの行為

被告リョービは、被告文字盤を製造販売しており、また、被告リョービ販売は、被告文字盤を販売している。

3 著作物との同一性

被告文字盤上の文字配列表は、本件文字配列表と同一である。

4 結語

よつて、原告は、被告らに対し、不正競争防止法一条一項一号又は五号の規定に基づく請求と選択的に、本件著作権(複製権)に基づき、被告文字盤の製造又は販売の差止めを求める。

二  請求の原因に対する被告らの認否及び主張

1(一) 請求の原因1の事実は否認する。

(二) 同2及び3の事実は認める。

2 思想の表現形式の不存在について

本件文字配列表には、思想も感情も表現されておらず、単なる文字の集積があるにすぎない。すなわち、本件文字配列表は、専ら採字効率の見地から配列された表記要素たる記号ともいうべき文字の集合にすぎないものであつて、言語による思想の外形的表現を欠き、言語の著作物とはいえない。また、本件文字配列表が学術の著作物であるといえるためには、文字の選択、配列についての方法、根拠についての説明が必要である。その説明がなければ、一般人は、文字配列表を見ても、そこに思想を読み取ることができない。本件文字配列表には、そのような思想の表現形式が欠けている。

3 創作性の不存在について

本件文字配列表は、使用頻度の高い文字の集合を中央に、漸次使用頻度の低い文字の集合をその周辺に配置する階層別文字配列法を採用したものであるが、これは、文字配列を行う上で、人間工学的にも、採字効率の上でも当然の方法であつて、どの業者でも採用している従来からある公知の配列法である。原告は、単に公知の配列法に基づいて文字を文字盤上に具体的に配置したにすぎず、本件文字配列表には創作性がない。また、国立国語研究所、毎日新聞社及び朝日新聞社の文字の使用頻度調査結果に基づき、文字盤に採択すべき文字を選定することは、業者ならば当然行うところであつて、本件文字配列表は、原告の独創的精神活動の所産とは考えられない。すなわち、国立国語研究所の調査結果で使用頻度の高い順位五四五位までの文字が、本件文字配列表の一級文字欄に八六パーセント、被告らの旧文字盤の一級文字欄に一〇〇パーセント集中しているのである。また、本件文字配列表の一級文字は五六二字、二級文字は一九四八字、合計二五一〇字であり、被告らの旧文字盤の一級文字は七〇九字、二級文字は二二五〇字、合計二九五九字であるが、右の被告らの旧文字盤の一、二級文字は、本件文字配列表の一、二級文字の場所にほとんど納まるのであり、その逆も同様である。以上によれば、原告が選択した本件文字配列表の主要文字群は、特殊なものでないことが明らかである。

4 文芸、学術、美術、音楽の範囲について

仮に、文字配列表に著作物性があるとしても、写真植字機の文字盤は、実用品であり、工業製品であるから、工業所有権によつて保護されることはあつても、著作権としては保護されえない。すなわち、著作権は、人の独創的な精神的労作の所産である無形の知能的産物を客体としていると同時に、その客体の範囲は、文芸、学術、美術、音楽の範囲に属するものに限定し、その他のものについては、工業所有権の対象物として著作物の範囲から除外していると解すべきであるから、文字盤中の文字配列は、著作権の対象とはなりえない。

5 編集著作物について

旧著作権法にいう編集とは、数個の独立した著作物を適法かつ一定の指針又は体系の下に収録することで、そのようにして創作されたものが編集著作物であるところ、本件文字配列表は、著作物とはいえない個々の文字により構成されているのであるから、編集著作物とはいえない。

6 複製について

文字配列表と同一の文字配列を有する文字盤の製造は、文字配列表の複製とはならない。すなわち、建築の著作物の複製についての規定のような特則がない以上、設計図に従つて工業製品を製造しても、設計図の複製権の侵害とはならないが、文字配列表と文字盤も、右の場合と同様の関係に立つものである。

三  被告らの主張に対する原告の反論

1 思想の表現形式について

被告らは、本件文字配列表は思想の表現形式を欠く旨主張するが、本件文字配列表においては、文字の特定の空間的配置が、原告の学術的思想の表現形式となつているのである。また、本件文字配列表は、言語に関するものであるから、言語の著作物に当たるというべきである。仮に、言語の著作物に当たらないとしても、本件文字配列表は、原告による文字の使用頻度調査の結果及び採字効率についての人間工学的研究の結果を、文字の実際の配置を示して図解表現したものであるから、図面、図表、模型その他の図形の著作物に該当する。

2 創作性について

被告らは、本件文字配列表には創作性がない旨主張するが、被告ら自身が本件文字配列表をそつくり模倣しているということ自体が、本件文字配列表に創作性があることを雄弁に物語つている。

3 文字盤の実用性について

被告らは、実用品は著作物とはなりえない旨主張するが、コンピュータープログラムの例にみられるように、実用性を備えることは、著作物性を否定する理由とはなりえない。

4 複製について

被告らは、文字盤上の文字配列は、文字配列表の複製物ではない旨主張するが、ROMに固定されたプログラムが著作物の複製物であることは、判例上も認められているところであつて、著作物が実用品として複製されえないということはない。

第三  証拠関係<省略>

理由

第一不正競争防止法一条一項一号の規定に基づく原告の請求について

一原告文字盤の形態の周知性について

原告が、昭和三八年以降現在まで、原告文字盤を製造販売していることは、当事者間に争いがない。また、<証拠>によれば、国内の写真植字機のメーカーは、現在、原告、被告ら及びモリサワの三社だけであること、原告の写真植字機は、「スピカ」、「パボ」という名称のものが代表的なものであるところ、原告は、遅くとも昭和五四年一〇月までに、右写真植字機について数多くの出品展示会を全国的に催し、その広告及び宣伝に努めていること、原告文字盤は、右写真植字機に使用されるものであつて、採字効率を高める合理的な文字の配列がなされていること等により、発売以来長期間にわたつて全国の多数の写真植字業者によつて利用され、好評を博してきていること、以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。そして、原告文字盤の写真であることについて争いのない甲第一号証、原告文字盤、モリサワの文字盤及び被告らの旧文字盤の比較写真であることについて争いのない甲第三号証、並びに証人布施茂の証言によつて真正に成立したものと認められる甲第一五号証によれば、本判決添付の比較図に示すとおり、モリサワの文字盤と被告らの旧文字盤は、いずれもその枠がほぼ正方形であり、また、その枠の内側が桟により一二区画又は四区画に区分けされているのに対し、原告文字盤は、その枠が長方形であり、また、縦枠の中央部に全体の約二分の一位の長さの凹部が存在しており、更に枠の内側には桟による区分けが存在していないこと、平仮名、片仮名、英字、数字、記号等(以下「平仮名等」という。)が、モリサワの文字盤では、中央列の下から二番目の区画に、被告らの旧文字盤では、上部中央にそれぞれ配置され、その周囲に漢字が配列されているのに対し、原告文字盤では、文字盤の下部中央部に凸形状に配置され、その周囲に漢字が配列されていることが認められ、右認定の事実によると、原告文字盤は、モリサワの文字盤及び被告らの旧文字盤と比べて、明確に識別することができる右認定のような形態的特徴を有していることが認められる。以上の事実によれば、原告文字盤は、その枠が長方形であり、また、縦枠の中央部に凹部があり、更に、枠の内側には桟による区分けがなく、更にまた、文字盤の下部中央部に凸形状に平仮名等が配置され、そのまわりに漢字が配置されている点において、他社製品と識別しうる顕著な特徴を有しているものというべきところ、右の形態は、一次的には商品の構造そのものであるが、二次的には商品の出所を表示する機能をも併有し、遅くとも昭和五四年一〇月以降現在まで、原告の文字盤であることを示す表示として、文字盤の取引者又は需要者である写真植字業者間に広く認識されているものと認めることができる。被告らは、原告文字盤は、写真植字機用文字盤としては極めてありふれた形態にすぎない旨主張するが、原告文字盤が、他社の文字盤と比べて、明確に識別することができる形態的特徴を有していることは、前認定のとおりであるから、被告らの右主張は採用することができない。また、被告らは、文字盤上の文字の配列は、一見して識別不能である旨主張するところ、個々の漢字の配列位置についてまで写真植字業者間に広く認識されていることを認めるに足りる証拠はないが、漢字と平仮名等との相対的配置は、前認定のとおり各社それぞれ特徴を有しているのであるから、文字の配列も、その限度においては、原告文字盤の形態の一特徴をなしているものということができ、したがつて、被告らの右主張は、その意味において、採用するに由ないものというべきである。更に、被告らは、被告文字盤は、原告及び被告ら双方の写真植字機に使用することができる文字盤であり、このことは、取引者又は需要者に周知徹底されているので、原告文字盤の形態には出所表示機能はない旨主張するところ、成立に争いのない乙第二九号証の一ないし三四(証明書)には、右主張事実に添う記載があるが、成立に争いのない甲第一四号証(証明書)によれば、右の乙号証は、被告らが、主として、被告らの取引先の企業に依頼して、予め内容を印刷した用紙に記名捺印してもらつたものにすぎないことが認められ、右事実に照らすと、右の乙号証の記載から直ちに被告らの右主張事実を認めることはできず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

二形態の同一性と被告らの行為について

請求原因4及び5の事実は当事者間に争いがなく、右事実によれば、被告文字盤は、原告文字盤と同一の形状であり、また、同一の文字配列を採用しているというのであるから、原告文字盤の前認定の形態的特徴をすべて具備しているものと認められる。そして、不正競争防止法一条一項一号所定の「他人ノ商品タルコトヲ示ス表示ト同一若ハ類似ノモノヲ使用シ」とは、商品に表示を付する行為をその一態様として含むものと解されるところ(商標法二条三項一号の規定参照)、形態が周知の商品表示となつている場合は、商品に表示を付する行為とは、正に当該形態の商品を製造することと解されるのであり、したがつて、被告リョービが被告文字盤を製造する行為は、原告の商品たることを示す表示と同一の表示を被告の商品に付する行為、すなわち、右表示を使用する行為に当たるものというべきである。また、被告らが原告文字盤の周知の形態的特徴をすべて具備した被告文字盤を販売する行為は、不正競争防止法一条一項一号所定の「之ヲ使用シタル商品ヲ販売」する行為に当たることはいうまでもない。この点に関して、被告らは、文字盤の文字の書体、文字盤の枠の色、朱色の見出表示部分の差異などを挙げて、原告文字盤の形態と被告文字盤の形態とは類似していない旨の主張をするが、原告文字盤は、他社製品と識別しうる顕著な形態的特徴を有するものであるところ、被告文字盤は、原告文字盤の右の形態的特徴と同一の形態的特徴を有するものであること前説示のとおりであるから、たとい、両文字盤に右のような差異があるとしても、その差異は、その内容に照らし、両文字盤の形態の同一性を左右するものとは認められず、したがつて、被告らの右主張は、採用することができない。

三混同のおそれについて

原告文字盤は前記の形態的特徴を有するものであるところ、その形態的特徴は、原告の商品であることを示す表示として、文字盤の取引者又は需要者間に広く認識されており、そして、被告文字盤は、原告文字盤の右の形態的特徴と同一の形態的特徴を有するものであることは、前認定のとおりであるから、被告リョービにおいて被告文字盤を製造販売する行為及び被告リョービ販売において被告文字盤を販売する行為は、被告文字盤が原告の商品であるとの混同を生じさせるおそれがある行為であると認めるのが相当である。この点に関して、被告らは、第一に、被告文字盤の左右上下の四隅に社名、商標及び書体コードが記載され、更に、文字盤の枠上部左側に「RYOBI」と記載されたシールが貼付されていること、第二に、被告文字盤の枠の色が、原告文字盤の枠の色と相違すること、第三に、文字盤の流通方法には、メーカーが直接需要者に販売する場合と代理店を経由して販売する場合とがあるが、メーカーの直接販売の場合はもちろん、代理店販売の場合も、原告の代理店と被告らの代理店とは、通常別であること、第四に、文字盤は、一般人が店頭で商品を購入するのとは異なり、写真植字業者が書体コードによつて注文し購入するものであること、第五に、被告文字盤は、被告らの社名等が印刷された段ボール箱に包装されて配送されること、以上の事実を挙げて、両文字盤の形態が同一であつても、被告文字盤が原告の商品であるとの混同は生じえない旨主張するので、審案するに、(1)被告文字盤の写真であることについて争いのない甲第二号証及び乙第二四号証(枠右下部分の「file_5.jpg'78リョービ」の表示を削除)並びに被告文字盤の隅の拡大写真であることについて争いのない乙第一号証ないし第四号証によれば、被告文字盤の左右上下四隅には、被告らの社名、商標及び書体コードを示す文字が存在するものの、これらの文字は、いずれも小さく、かつ、ネガ像で印されているため、読みにくく、注意深く観察しなければ文字盤上のその他の漢字と明確に識別しえないものであることが認められ、右事実によると、その文字の存在に気付かずに文字盤を購入する者が出現するおそれが十分にあるものというべく、また、「RYOBI」と記載されたシール及び同シールが貼布された被告文字盤の写真であることについて争いのない乙第四九号証の一及び二並びに昭和六〇年二月以降製造販売の被告文字盤の写真であることについて争いのない乙第五八号証によれば、被告文字盤の縦枠に「RYOBI」と印刷されたシールが貼付されているが、右シールも、文字盤全体と比べた場合の大きさ及びその色相からみて特別顕著な存在ということもできないことが認められ、右事実によると、被告文字盤が、原告文字盤の形態的特徴と同一の形態的特徴を有するものであることと相まつて、右シールを注意深く見ないままに、被告文字盤を原告の商品と即断して購入する者が出現するおそれが十分にあるものと認められ、また、(2)前掲<証拠>、原告文字盤の写真であることについて争いのない乙第二号証(枠右下部分の「写研」の表示を削除)並びに証人布施茂の証言によれば、原告文字盤の枠の色は、灰色と茶褐色の二色に大別され、それぞれ用途によつて色相が若干異なるため、厳密には四色であるのに対し、被告文字盤の枠の色も、灰色と茶褐色であつて、原告文字盤の枠の色と大差がないことが認められ、右事実によると、文字盤の枠の色によつて両文字盤を識別することは困難であるというほかはなく、更に、(3)証人布施茂及び同吉田俊一の証言によれば、被告らの前記第三の主張事実が認められるけれども、他方、被告らの系列の代理店においては、原告文字盤又はモリサワの文字盤を使用しうる写真植字機を販売し、それに伴い原告文字盤又はモリサワの文字盤を被告文字盤とともに販売していることが認められ、右事実によると、少なくとも被告らの系列の代理店においては、被告文字盤と原告文字盤との混同のおそれがあるものといわざるをえず、更にまた、(4)<証拠>によれば、特殊な書体については、各社特有の書体コードによつてのみはじめて特定され、注文されるものも存するが、明朝体、ゴシック体のような一般的な書体については少なくとも顧客の側からは、各社で定めている書体コードまで特定しなくとも、「細明朝」、「中明朝」又は「太明朝」というような表現で注文することも可能であることが認められ、右事実によると、文字盤は、必ずしも各社で定めている書体コードによつて注文され、購入されるとは限らないというべく、なお、(5)被告文字盤の包装用段ボール(大及び小)の写真であることについて争いのない乙第九、第一〇号証、昭和六〇年二月以降使用の被告文字盤の包装用段ボールの写真であることについて争いのない乙第五六、第五七号証並びに証人吉田俊一の証言によれば、被告らの前記第五の主張事実が認められるが、被告文字盤を原告文字盤と誤認、混同している取引者又は需要者の中には、包装用段ボール箱の表示を一々確認しない者もいるであろうことは経験則上十分に予想されるところであるから、右主張事実は、両文字盤の混同のおそれを否定する事由たりえないものというべきであり、以上によれば、被告らの前記第一ないし第五の主張事実をもつて、両文字盤の混同のおそれを否定することはできない。かえつて、証人布施茂の証言によれば、被告らの系列の代理店において、種々の書体の複数個の文字盤をすべて原告文字盤と思つてまとめて購入した者が、しばらくの間、その中に含まれていた被告文字盤を原告文字盤と誤認して使用し、後に被告文字盤が混じつていることに気付き、原告文字盤との取り替えを要求したというような事例が実際に数件あつたことが認められるところ、このような誤認、混同の事例が現に存在しているという事実は、両文字盤の混同のおそれを十分に裏付けるものといわざるをえない。また、証人吉田俊一の証言によれば、代理店の店頭において文字盤が展示、販売される例が多少とも存在することが認められるが、このように代理店の店頭で文字盤が展示、販売されているような場合には、取引者又は需要者が、展示してある文字盤の形態的特徴が同一であることから、被告文字盤を原告文字盤と誤認、混同するおそれが大であることは、容易に推認されるところである。更に、原本の存在及び成立について争いのない甲第二〇号証によれば、中古品の写真植字機とともに、中古品の文字盤が販売されることが認められるが、この場合においても、被告文字盤を原告文字盤と誤認、混同して購入するものがいるであろうことは、両者の形態の類似性からいつて経験則上十分に予想されることである。以上のとおりであるから、混同のおそれはないとする被告らの主張は、採用するに由ないものといわざるをえない。

四営業上の利益を害されるおそれについて

前記三のとおり混同のおそれが認められる場合には、特段の事情がない限り原告の営業上の利益が害されるおそれがあるものというべきところ、本件においては、右特段の事情を認めるに足りる証拠はない。

五次に、被告らの意匠権の行使による適用除外の主張について検討するに、<証拠>によれば、被告文字盤の枠の形状及び朱色の見出表示の形状は、被告意匠権の類似意匠一の意匠権を実施したものであること、右類似意匠一を示す願書添付の図面には、文字の具体的な配列については何ら記載がないが、右意匠権が文字盤についての意匠に係るものである以上、その意匠権の実施品には、文字の具体的な配列が当然に予定されていることが認められる。しかしながら、原告文字盤の周知な形態的特徴は、前認定のとおり、その枠の形状と、平仮名等を文字盤の下部中央部に凸形状に配置し、その周囲に漢字を配置した点にもあるのに対し、被告意匠権の類似意匠一は、いずれも具体的に平仮名等を文字盤の下部中央部に配置することを示すものではないことは前認定のとおりである。ところで、不正競争防止法六条の規定にいう「権利ノ行使」とは、周知の商品表示そのものについて工業所有権を有し、それを行使している場合をいうのであつて、周知の商品表示と無関係な部分について工業所有権を有し、これを行使しても、それが右の権利の行使に当たらないことはいうまでもなく、また、周知の商品表示の一部について工業所有権を有していても、周知の商品表示の全部を使用しうる権原が生じるものでもない。そうすると、本件の場合、被告リョービが有している意匠権に係る意匠は、原告の周知の商品表示の一部を構成するにすぎないから、右意匠権を有するからといつて、原告の周知の商品表示を使用しうる権原が生じるものではなく、したがつて、被告らの右主張は、採用の限りでない。

file_6.jpg第二結語

以上によれば、原告の不正競争防止法一条一項一号の規定に基づく本訴請求は、理由があるから、認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条及び九三条一項本文の規定を適用し、仮執行宣言の申立てについては、相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官清永利亮 裁判官設楽隆一 裁判官富岡英次)

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別紙目録(一)

添付の写真に示す写真植字機用文字盤であつて、別紙第一図に示す文字盤枠及び別紙第二図<省略>に示す文字配列及び見出表示を備えた文字盤本体を有するもの。

別紙第一図において、(1)は文字盤枠、(2)は写真植字機に取り付ける際に用いるピン穴、(3)は文字盤本体を示し、別紙第二図は、文字盤表面にネガ像で印された文字配列をポジ像に転換したものであつて、朱線その他の朱色表記は見出表示を示す。

目録(二)

添付の写真に示す写真植字機用文字盤であつて、別紙第一図に示す文字盤枠及び別紙第二図<省略>に示す文字配列及び見出表示を備えた文字盤本体を有するもの。

別紙第一図において、(1)は文字盤枠、(2)は写真植字機に取り付ける際に用いるピン穴、(3)は文字盤本体を示し、別紙第二図は、文字盤表面にネガ像で印された文字配列をポジ像に転換したものであつて、朱線その他の朱色表記は見出表示を示す。

別紙第一図〜第三図<省略>

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